2013年5月6日月曜日

2013年5月3~4日 活動報告(南相馬福興浜団、仙台市若林区Reroots)

ジュンヤです。新学期色々と忙しく過ごしていましたが、GWに福島と仙台に行ってきました。
福島は福興浜団、仙台はRerootsです。
いいつかくんにふられてしまったので今回は一人で参加です。
2日の夜に出発し夜の3時前に南相馬、道の駅に到着。仮眠を取ろうも寒くて寝れません。
ヤバいなぁ、と思い後ろを空けたらたまたま車から下ろし忘れていたベンチコートを発見し、
なんとか寒さはしのげました。
例によって9時に道の駅集合と言う福興浜団のルールによって集まった人数は20名ちょい。
団長の上野さんがちょっと考え込み、『捜索はやめて畑の瓦礫撤去』と。
場所は、なんと萱浜(かいはま)。上野さんの家のすぐそばです。
家の前に車を止め、津波で被害を受けた家の玄関にある、未だ行方不明の二人のお子さんの写真のでお線香をあげ手を合わせてから作業をしました。
ここは数日前、菜の花畑に迷路を作ったようですが、今回はひまわりを畑一面に植えたいと言うことで、その畑の整地です。
畑関係はRerootsでもやっていて少しは勝手が分かるので、バケツを持って小石などを拾っていきます。
思わず時が止まったような、時間を忘れるような景観

とは言えなかなか見つからないくらい量的には少ない。
海から数百メートルでこれほど畑が綺麗な状態なのは珍しい。一回やった場所なのかなと思いながらも必死に石や瓦礫を探します。

畑の中からはパイプが出てきたり、気づくと浜団の犬達が邪魔をしにきます。もともとは飼い犬だっちょうですが、震災後なついてきて今に至るようです。とても人懐っこく可愛いです。

人が多いからかテンションが上がる犬たち
パイプが地面に埋められていました。
ちょうど昼前にひと段落し、このあとスコップで土起こしか…
と思っていたところに思わぬ秘密兵器が登場。

文明の利器ってやつですか。これは大変便利なものだとこの時改めて思いました。
トラクターが入ると仕事にならないのでちょっと長い昼休憩。時間があったのでその辺を散歩したりしました。
菜の花迷路にもお客様がきたようでした。鯉のぼり、花畑、考えてみると子供が喜びそうなものをみんなで作る。上野さんはたくさんの子供に遊んで欲しいと思っているようです。


午後はもう一度石を拾います。お金も出てきましたが三銭硬貨?昔のお金ですね。

以前も昔のお金が出てきました。福島では古銭が多く出てくるのかな…?と言う感じです。


そしてまたトラクターの登場。今度は違うヤツでした。土を耕す刃が違う種類のものだったと思います。耕している間は休憩です。ちょっと長い休憩時間にみんなノンビリとマッタリです。

ここはとても震災で被災したとは思えないほどのどかでノンビリとした時間が流れます。菜の花畑があったり海が近かったりで本当にいい場所です。

ただ、あたりは何も無い…
その中でもひときわ綺麗な菜の花畑。
そしてその上に泳ぐ鯉のぼりにお子さんの面影を感じられずには居られない場所でした。
一日も早く家に帰ってこられることを願ってやみません。

それにしてもなんともいえない空間でした
作業終了。綺麗なひまわりがたくさん咲きますように!!


 
4日は迷いました。浜団は被災した家の泥出しと前日に予告していたし、
南三陸の漁業支援も気になり、最近行ってないRerootsも気になります。
ただ、南相馬は遠いのと朝起きれる自信が無かったのでRerootsにしました。
8時ちょっと前に出て20分くらいで着くのがいい。
のんびりと40分頃に行ってみると狭い場所に車が所狭しと押し込まれ大変な状態になっていました。
移動する際に車が出せず困っていた方も…こりゃ駐車場作るしかないのでは…

例の短い朝礼を済ませ車で大移動。海に近い農地の土起こし。
横一列に並び作業開始。蛍光色のシャツは西本願寺のチームのようです。宿泊に困ったらここに頼むと泊めてもらえるとかもらえないとか。(泊まれるそうです)

これは…小石類の量があまりに多い。聞くと一回やったのだけどあまりに石がまだ多いためにもう一回と言う事らしい。二度手間。と思うもやりだすとそれがわかる。なにせ小さな石が無数にあり取っても取ってもキリがない。湿った土を掘り起こすと乾燥してきて、そうすると先に乾いた石が目立ち、それを取る。
一回やったはずなのに見てみるとまた石がある。
どれが石なんだか、分かります?
ここを畑にするのは相当難儀だな、と感じます。
とにかく一日ずっとこの作業を繰り返し、進んだ距離は約5~6m。

後ろを見るとまだまだ残っています。
トラクター入れちゃえばいいのに、と安易な考えは禁物。
何せスコップがひとつ分入ったあたりにはカツンと石やらコンクリートやらの手ごたえがあり、
ここに機械を入れたらひとたまりも無く刃が欠けるか壊れてしまうでしょう。
ここを畑にする道のりは果てしなく遠い…そう感じてしまうような…

密度が薄い場所には人がどんどんやってきます。ラストスパート!
 
真ん中あたりに見える土が盛られたようなものは行政が作った防潮堤のようです。実際に震災時は隣の木を軽く越すような高さの波だったことを考えると…と農家の方は憤っていたと聞きました。
批判するつもりは毛頭ないですが、どうしてもやっつけ仕事で『とりあえず作った』感は否めません。

作業終了。一日でたったこれしか進まないのか…と終わってみると物寂しい気持ちになりました。


福島では浪江町が警戒区域から外れだし、震災当時のままの状態の家がほとんどだそうです。
ただし、放射能の問題があるので瓦礫なども勝手には片付けられないと聞きました。
そして放射能よりも野生化した牛などの方が恐いそうです。
ここにはちょっと書けませんが、色々な問題も抱えているようです。
6号線通行の申請の許可が降りれば一気に行けるようになるんだけどなぁ…
でも、そんなこと言ってられない。また時間を見つけて行ってみます。

あ、ボランティア保険加入の季節ですね。今年は横浜市港北区で加入手続きをしました。鶴見区は去年面倒くさい対応にイライラしましたが、港北区はその場でOKでした。なお南三陸のボラセンではその場で加入できます。(名前と住所をかくだけです)ただし、天災Aプランのその負担額は南三陸町の負担になってしまう、とホームページに書いてありました。

2013年3月27日水曜日

2013年3月24日(日) 活動報告(南三陸町漁業支援_志津川漁港)

皆様こんにちは、ジュンヤです。
今回も、南三陸に行って来ました。
そして、今回も卒業生が参加。春から高校3年生の山脇さん、笹原さん。二人は去年の5月にRerootsに参加しようと来仙しましたが、かなりの土砂降りで何もせずに終わってしまうということもあり今回リベンジ。二人とも超が10個つくくらい優しくていい子です。
日曜の5時過ぎに高速バスで横浜からやってきました。
最初はRerootsに、ということでしたが、せっかくなので南三陸へ、と打診したら時間が厳しくなっても行きたいとやる気満々でした。

今回は南三陸の前日のブログの様子から漁業支援の可能性が高いと思って行ってみると…
やはり当日のニーズは上山(がれき)と漁業支援でした。人は多くかなり混雑した感じです。


結構早く並んでいたこと、少人数グループであることもあってか志津川漁港に決まりました。
自分たち三人と、茨城から来た兄弟二人(高校生と大学生の仲の良い兄妹)のチームです。
志津川漁港はちょうど水門がある横の辺りで、行ってみるとワカメの水揚げ、釜茹でで、
すでに岩手からのバスツアーの方々がお手伝いしています。


初めて見るワカメの処理に期待も膨らみます。
まずはメカブの下処理。
茎についた葉を専用の道具でするりとむきます。
慣れてくると手際よくできますが、するりとむけた時は気持ちが良い。

するすると茎からメカブをはずしていきます。
作業していると漁師さんが茹でたてのメカブをご馳走してくれましたが、これがまた…
シャキシャキしているだけでなく風味も豊か。味付けは何もしなくても塩分が程よく、
そしてあの粘りもしっかりしている。こんなメカブは食ったことありません。
初めて食べるメカブにちょっと戸惑う二人
思わぬ差し入れに俄然やる気が出てどんどん作業をしていくとかごに20個ほどあったメカブのカゴはは11時前にはすべて終わりました。まさかこれで終わりか、と思いきや次に向かったのは仮設漁港。

トラックにメカブを積み込む時にひとケースをお土産に、と頂きました。
天然の生メカブ。とんでもない量です。

このうち一ケースをいただきました。
仮設漁港に行ってみるとテントと小屋が数件あり、まずは小屋に案内され、お茶っこ飲みです。
遠くに上山地区で働くチームが見えました。
『さむがったでしょう、あがってけらいん』と熱々のコーヒーやらお菓子やら振舞われます。
そうこうしているうちに『男たち』も戻って合流。
休憩後はワカメの仕分け作業。
大きいワカメは根元を揃えて寝かせ、茎の部分、そして50センチ未満のものと分けていきます
長いワカメを同じ方向に揃える時に根元(茎の部分)をカットする。
適量になったら紐で束ねる。の繰り返し作業。

高校生たちはどこから切っていいか分からなかったようですが、漁師さんの仕事を見ていたらどうやら適当のようでした。
『あどはかあちゃんたちがやってくれっから。まがせりゃいいんだ』と。
『ほれ、一応ちょっとでもきっどがないど、なにやってんだべ!とこしゃがれっがら』と。
やはりどの職場でも強いのは女性のようです。

だんだん作業にも慣れ色々と話も聞けました。
このワカメは既に塩で茹でてある塩蔵ワカメだけど、店で売ってるワカメに塩をまぶされているのは、目方を増やすためだとか、実はカットした根元の部分が一番美味しいから売り物にはならないけど猟師さんたちは一年分は保存してあるとか、この時期はワカメの最盛期なので人手が足りないとか…
瓦礫の掃除では聞けない、土地の方々の話が聞けるだけでもありがたい。
そうこうしているうちに昼休憩。
小屋の中では若い女性が来たからか、お父様方のテンションが高い感じです。ワカメの漬け物や色々な手作りの惣菜が振舞われます。
茎ワカメのキムチ。ピリっとしてシャキシャキ。おいしゅうございます。
そして色々な話になります。どこから来たのか、なんでやろうという気持ちになってくれたのか、などの質問から始まり、ワカメ漁について、そして震災について…色々な話を伺うことができました。

海辺に住む人達は津波に関して敏感だからすぐに逃げるけど、内陸に行くほど『津波と言ってもたいしたことないだろう』と思う人が増えてくるから逃げ切れずに助からなかった人が多かった話や、やはり最初の3mと言う情報が全くデタラメで10m以上の津波が来るならそれをきちんと伝えて欲しかったこと。小学校の時のチリ地震の津波の時はランドセルを背負って必死に高台に逃げたことも語られていました。

そして生ワカメをわざわざ持ってきて、シャブシャブをご馳走してくれました。
茶色いワカメが一瞬にして緑色に変わる瞬間に高校生たちも大喜びで、さらにそれを振舞ってくれたのでこのうえない贅沢を味わいました。


茹ですぎないワカメのシャブシャブ。味付けは一切不要
午後の作業になると、そわそわしていた大将がす~っと居なくなりどこかへ行ってしまいます。
どうも今日のGⅠレース(高松宮記念)の馬券を買いに水沢まで行ったようです。当たったかどうだか、気になりますが…
午後はだいぶ作業にもなれどんどん処理できます。
お母さんたちがいる小屋の中ではここで仕分けしたものを更に細かく茎などを取り除き出荷する寸前の状態に仕上げるようです。

午後三時前終了。
小屋の中で処理したワカメを専用の機械で脱水します。搾り出された泡交じりの海水を見ておじさんが『ワカメのおし○こ』だとおどけてみせました。

5分おきに圧搾作業を繰り返し、2時間掛けて水分を抜いていくそうです。
そして、量を測って箱詰めし出荷のようです。

とにかく一生分のワカメを見たなと言う感じでした。
帰りに大量のメカブ、生ワカメ、塩蔵ワカメなどを頂きました。
アルバイトじゃなくてボランティアなのでと固辞しましたが、どうしても三陸のワカメを食べて欲しい
、遠くからわざわざ来てくれて手ぶらで帰らせられない、と言う皆様の好意に甘えることにします。
こういう気持ちって本当に嬉しいものです。
ありがたく頂いて美味しく頂きたいと思います。
高校生たちもすっかりとお父さん達と意気投合。南三陸の温かさに触れた一日となりました。


なお、漁業支援に行けるポイントがいくつかあると気づきました。
 ①ボランティア申込用紙の希望の作業の欄に漁業支援と書く。
 ②なるべく数人で参加。
 ③8時半の受付より先に並んでいる。
 ④12月から4月頃がかきいれどきなので、この時期に行く。
※グローブは食品なので新品のものを使用することをオススメします。メカブは厚手のゴム手袋の方がいいと思われます。後は滑らないようにザラザラしたものだといいかと思いました。ワカメの仕分け作業は手先が細かい作業となるので一般的なパワーグローブみたいなのが使いやすいです。

みなさん、明るく楽しそうに作業していますが、大半は仮設住宅暮らしだと聞きました。
僕らはちょっとでも力になれたらいい。またもとのように戻って欲しい、と切に願います。

ボラセンに戻ると本日行われていた89ersの試合も終了し、多くの人がベイサイドアリーナから出てきました。

ちなみに仙台の89ersの創設者、代表はは高校の時のバスケの中村先輩です。
http://www.89ers.jp/team/staff/index_staff.html
残念ながら大阪に負けてしまったようです。

帰りに防災庁舎でお線香をあげ、さんさん商店街を流し横浜へ帰りました。
漁業支援、有意義な時間を過ごせました。ボラセン通さないで行けそうかも。
それから残念なことに災害派遣従事車両証明が3月一杯で終わりになってしまうようです。
まだまだ被災地ではたくさんやるべきことがあるのに…多くの方々に行ってもらうには延長がベターなのですが…。でも終わったからと行って行くのは止めませんけど。
最後のお決まりのタノンティアポーズも。(なんで目を隠すんですか?と聞かれましたが…)



2013年2月11日月曜日

2013年2月10日(日) 活動報告(若林区Rerots)

昨日の今日ですみません。ジュンヤです。
今日は若林区のRerootsへ。この季節は朝の10時が朝礼なので9時過ぎに出ても余裕です。
12月に引っ越しをして東部道路を過ぎて少し行ったあたりを右折する場所になったのですが案内があるのですぐにわかります。
9時40分に着いたらスタッフ以外人影が無い。ありゃ、9時からか!間違った?
と思ったら「バスはあとで来るけど個人参加の方はまだ誰も…」と。


9時近くになり常連、群馬の「藤岡災害ボランティアサークル」のバスが到着。
30名くらいの団体、そして個人参加は自分を含め6名という少人数。
何回かご一緒した岩手の方、若林区の方も居て心強いチームです。


今日は畑起こしかと思いきやビニルハウスの解体というやったことない作業でした。
解体なんてきっとビニールとかをどんどん外すだけだ、時間余るのでは?
と思っていたらこれまたなかなかのもので。
作業現場は前のボランティアハウスより東部道路にちょっといったあたり。
ハウス二つを解体するニーズです。


ビニルは全て金具で挟んでありそれを全て取り、屋根を外して外側のビニルを外して…
かなりの金具が使われてあるというのが第一印象です。
簡単だと思った作業でしたが、金具を外すために地面を掘り起こしたり手じゃ取れない金具はスコップで外したり…うまいやり方をいかに見つけるか、これがポイントでした。

常連さん達が多かったので誰も早く帰ろうとせず、むしろ終わらせたいという思いで休憩時間や終了時間など気にせずただひたすら作業をした感じでした。
結局一番手こずったのは入り口の骨組みのパイプを抜くところでした。
風で飛ばされないようにかなり深く、地面に1m近く埋まっていたのを抜くのが大変でした。


溝を掘ってうっすらと見えるパイプと突き刺さってるパイプとを繋ぐ金具を一つずつ外していきます。これもあとからもっと楽な方法を発見することになります。


上のハリの部分は軽トラの荷台で移動しながらインパクトドライバーを使いながら外していきます。なお、軽トラ荷台乗りは公道では無いので道路交通法は適用されません。(・・・なはず)


ここでは小松菜を作っていたようで、もう畑は閉鎖されているのにそれを知らずか、ところどころに生えていました。勧められて食べてみたらかなり甘くみずみずしい。新鮮な野菜は甘いのですね。


外した金具もきちんと回収し、まとめておいたり箱に詰めたりします。二つのハウスから段ボール四個分の金具が回収されました。


左のハウスはほぼ終了。人手がもう少しあればもっとできたかな、とあとで思いました。画面中央に見える森みたいなのは東部道路です。



少しだけ残して作業終了。(左に移る入口とパイプの撤収)終わらせられなくて残念でしたがご主人は一人でやったら相当かかってしまうので助かりました、言ってくださいました。

なお、この付近に市営住宅(190世帯くらい入る6階建ての建築)が作らるようで、二年後には東西線の地下鉄の駅ができたりと色々と慌ただしい感じになってきています。
「人が居ないのに作ってもどうなのか」とご主人は言っていましたが、出来れば活気が出てきっと人が来るようになる!と僕は思いました。

休憩のたびに温かい飲み物の差し入れやお菓子、僕にとっては嬉しいカロリーハーフのリポビタンDなどを頂きありがとうございました。

それにしても今日は暑いくらいでこの時期にヒートテック一枚、カッパ一枚で作業しても汗をかく感じでした。ただ、動かないと急激に冷えてきましたが…。

ところで新しいRerootsの場所は津波の被害を受けている場所であることあいまって寂しげな場所です。不運なことに近くに遮蔽物などないため強風でテントが吹き飛ばされたり、チャリ置き場もままならず、まだまだ整理が終わってなく大変そうでした。早く以前のように活気が戻ってほしいものです。

Reroots 活動ブログ
http://reroots.blog.shinobi.jp/Entry/1238/
みんなで引っこ抜いている画像が手こずっている様子です。

2013年2月10日日曜日

2013年2月9日(土) 活動報告(南三陸町)

こんにちは。ジュンヤ@帰省中です。
三連休を利用し、南三陸に行ってきました。
今回はどうしてもボランティアをやってみたい、と熱望する卒業生が居たので車に乗せてきました。
金曜の夜7時に横浜を出て「津山もくもく道の駅」に着いたのが3時前。仮眠をとり朝の移動です。
幸いなことに季候も暖かく、ポカポカした一日でした。

この日は熊谷から高校生がバスで来ていた他、30名くらいでしょうか。
さすがに冬なので少なくなってきた感じです。

今回の現場は上の山地区。長さんのご実家のちょうど反対側のセブンイレブン付近です。


さて、この地域は海から遠い所の瓦礫をボランティアがフレコンバック(トン袋)に詰めながら…の作業をずっとしてきていまいしたが、やっと海付近まで来た感じの仕上げ段階のようです。
前回の民家の基礎に被った細かな瓦礫や石などを取り除く作業をイメージしていましたが、とんでもない。
ちょっと掘ると包丁から食器、納屋に仕舞われていたとおぼしき絡まったロープやベッド、スキー板、家の支柱。あらゆるものが出てきます。
一つのものを取ろうとするとその上に何かがあってそれを取ろうとするとまたさらに何かが乗っかってる。という状況に苦戦します。

電話線か何かか、細いのが数十本束ねてあります
 
自分たちがやっていた場所の大物はベッドでした。半分くらいは出せたのですが、端っこが絡まりあって、なかなか出せません。
その端っこを掘ろうとしても今度は複雑に絡まり合ってどこまで埋まっているかわからない縄があり掘り出せず、さらに湿って水を吸った柱もありこれまたなかなか一筋縄ではいきません。
ベテランのボランティアの方も多く手を変え品を変えやりますが、なかなか…ヒトの力の限界を思わず感じてしまい、つい言ってはいけない「これは重機じゃないと…」という言葉がでかかります。

そうこうしているうちにいつの間にか卒業生たちはボラセンのリーダーに連れて行かれ山の斜面の瓦礫を拾う作業へ。どうやら高い所が好きなようで嬉々としています。


調子に乗って怪我だけはするなよ、と念を押す
周りから「あの高校生は向こう(熊谷西高校)と一緒の?」と聞かれ、
「いや、自分が連れてきました」と諸事情を話したところ、偉く感心したようでしきりに褒めていました。もちろん「自慢の二人です」と思わずドヤ顔になってしまいます。
(間違っても「いやぁ、中学校の時は…」とは言いませんが)
一生懸命働いてくれました
さて、昼は例の「蔵八ラーメン」で暖を取りますが、この寒いのにデザートにアイスを頼むあたり高校生です。

午後の作業は二時間程度。それまで何としても今やっている所は綺麗にしたい、と思いますが、やはりベッドに苦戦します。
掘っても掘っても出てくる生活感あふれる品々に、思わず今更ながら津波の恐ろしさを垣間見ます。結局ベッドは解体しながら少しずつ取り出す作戦に。

問題のベッドの下にも柱などがあります。
そしてこのあたりでその付近から鉄の板を発見します。
どうやっても取れずにハンマーで割る強引な方法を採用。
割ったはいいが、引っこ抜けないところ普段現場で鍛えている卒業生のひとりが踏ん張り、見事土の中から引っ張り出しました。
マンホール?下水道の蓋が出てきました。

マンホールを強引に抜きます。腰、大丈夫か?
午後3時には全て片付け撤収。冬は作業時間が少ないのですね。
その後、何もない場所にポツンと建つ防災総合庁舎に興味を示したので近くまで行くことに。
経緯を説明したら真剣に聞いて車から降りて線香をあげて深々と頭を垂れて拝んでいました。

このあと観光バスがやってきて急に人が多くなりました。お線香をあげています。

その後復興さんさん商店街で海苔を買い、またまたクソ寒いのにアイスを食べ帰ります。

負けてられるかと対抗してアイスを食べる。(ストーブにあたりながら)
帰りの車中は皆爆睡のためやたら静か。
二人はその日のうちに横浜へ帰るということで仙台駅まで送り届けました。

初めてボランティアに卒業生を引率しましたが、若い人たちが少しでも興味を示してくれるのは嬉しいことです。
夜にLINEで
『連れてってくれて本当にありがとう。少しは仙台の人のためになれたと思うし、おれ自身色々と勉強にもなったし、普段の生活色々見直さなきゃなーって思った!』(原文ママ)と無事、帰宅した連絡と保護者からご丁寧にお礼のお電話も頂きました。

復興には若い力も必要だし、どんどん忘れ去られていくことも危惧されます。
来るたびにそれほど変わらぬ景色を見てまだまだなんだなぁ、と改めて思い知る一日となりました。

タノンティアポーズで。