2012年12月9日日曜日

2012年12月1日(土)2日(日) 活動報告(Reroots)

こんにちは。しつこいようでスミマセン。ジュンヤです。
12月1日、久々にRerootsに行ってきました。
前回の南三陸に比べ、何より朝がゆっくり。8時に出ても間に合います。
駐車場が使えなくなったようなので、七郷中のグランド脇に止めるように言われ,
その後ミーティング。
ボランティアの数は異様に少なく、常連の西本願寺の団体を入れて25名程度。
雪も降っていて作業はどうなるか、と思われたが決行。
作業現場は藤塚の畑。結構な広さ。
半分くらいは土が起こされていたけど、おそらくこの人数じゃ今日は終わらないなぁ、と言う感じ。
リーダーの指示と同時に常連の方々が素早くネコやバケツを配置につける。息の合った場面。
ところが作業が開始されて5分くらい経ったら、急にみんな作業を止めて横に向かって歩き出す。
何やらどこかの誰かがやり方を変えるようにリーダーに進言したらしく変更。
しかしながら、そのおかげで長方形の長いほうを耕すみたいな感じになり、こりゃ絶対終わらない、と確信。
おなじみの一列に並んで耕す、の図

休憩。二時間でこのくらい。手前の作業が速い理由については敢えて書きませんが…
瓦礫はほとんど出てこない。とにかくスコップひとつ分を土に入れほっくりかえす。
そして塊をスコップでトントンとやってほぐす作業が延々と続きます。
寒いので必死に体を動かし、40分くらいやって休憩。寒いのでとにかくトイレが近くなるが、幸い、移動式のトイレが近くにあり、立ちションをしなくてすみました。
何もない。草が伸び放題の畑…松の向こうは海です
今日はどうやらサンドイッチマンの『サンドのぼんやり~ぬTV』の撮影が入るとのこと。
しまった、タノタイガシャツを着ていれば…と後悔するも、そう言えばXLサイズは無いから持ってないんだった。
昼休憩から30分くらいした頃ロケバスが到着。
Rerootsのリーダーが慌てて『ちょっと作業をやって下さい!!』と。
まだ休憩時間だがしらじらしく作業をしていると、集合がかかり、サンドイッチマンの挨拶。
寒いので…と(おそらくリルーツが朝市に出店しているところで購入した具材を使った)豚汁の差し入れ。温まる一杯。しかも具沢山で餅も入っていました。

寒い中、我々に気を遣い、ボケとツッコミのコンビ芸も随所に入れながら、とても低姿勢で、地元の仙台の事を大切にしていると言う想いが伝わってきます。
撮影後にみんなで写真を撮ったり、サインを貰ったりする人が居て和気藹々とした雰囲気です。
大ファンだという女性のTシャツにはサインをし、帰り際にさり気なく自分がしていたリストバンドをプレゼント。粋な計らいでした。
他の芸能人は震災直後はこぞって被災地に入って色々とやっていましたが、今はどうでしょう。
だんだん忘れ去られている。
その中でも地元だから、と言うことかもしれないけれど、募金を募って被災地に届けたり、何かしらアクションを起こしている芸能人はあまり居ないと思う。
その後作業を再開し、三時過ぎに作業終了、そして片付け。
全ての農地を再生させるためにはまだまだなんだと痛感しました。

作業終了。新しいビニルハウスが西日に照らされて光っています

前にも書きましたが、重機でやりゃいいのに…と思うかもしれませんが、耕運機を入れて瓦礫にあたると刃が欠けたり機械が故障したりするようで、現にそういう場面を何回も見たそうです。
大変だけど、土の中の瓦礫は手作業で除去しなきゃいけない。きっと大昔もそうやって人々の手で畑を作ってきたのでしょう。
そうそう、津波で車を流された方とお話をしましたが、無知な自分は車両保険で車がまた手に入ると思っていましたが、どうやら津波特約に加入していないと無理らしく、その津波特約に加入していた人は津波で車を流されてしまった人の1%にも満たないとのことで、新しく車を買うにもまた津波で…と思い、高い車を買わずに軽自動車やとりあえず中古車を。と考える人が多かったようです。
それでも心配なので津波特約に入ろうとしたら、『もう期限が過ぎたので入れない』と断られたそうです。保険屋じゃないので分かりませんが、その方はそう言っていました。
確かに保険で車を新しくしていたら、きっと保険屋は破産してしまうでしょう。
色々と複雑な絡みがあるようです。
前回のツアーも含め、来る度に色々なことを知ったり見たり、聞いたり…
勉強になりますね、タノンティアは!
夕方はタノタイガトークイベントがターンアラウンドで行われ、その後は総勢20名でいつもの萬壽山へ。楽しいひと時でした。
勢いで次の日もRerootsに参加してしまい、翌日全身筋肉痛。四十路の体には堪えました…

ついでなので次の日の報告も。
2日はチャリで移動。東部道路をくぐって200mくらいの民家。6人での作業。

チャリで来た!
実は個人宅のニーズは極めて珍しいようで、作業内容は『木の根っこ抜き』とブルーシート張り。
ブルーシートは超常連で行く度に居る平泉のOさんと、一高近くのEさん。
根っこ隊は4人でひたすら抜きまくります。
抜くのは得意なはずですが、なかなか抜けず…たった一本根が張ってるだけで抜けないものです。

風ではがれてしまうため、強く結んで欲しいというニーズ。固定に苦労していたようです。
午前中、国道側の根っこはほぼ気合で抜きました。簡単に抜けるのもあれば、なかなか抜けないものもありましたが、抜けた時の喜びは大きかったです。
ちょっとビックリしたのは名古屋コーチンが庭に二羽居ました。
どうやって震災から免れたのか…不思議ですが、逃げずに人懐っこく寄ってきます。
どうも卵をたくさん産んでいたようですが、震災後は産まなくなってしまったようです。
きっと鳥も驚いてストレスで卵が産めなくなってしまったのかもしれません。


昼食時にやたら周りをウロつかれました。捕まえようとするとスルリと逃げられてしまいました。
午後は反対側の根っこ抜き。抜きにくい場所でしたが、なんとかみんなで協力して抜きました。
この日の収穫?いや成果。6人だったのでちょっと少ないかも。
三時過ぎに作業終了。ボランティアハウスに戻って野菜を買って帰宅。
横浜に帰るの面倒だ…と思いながら10時には家にいました。次はいついけるかな。冬はどうやら26日~4日までは休みらしいので無理かも。飯塚君誘って復興浜団に参加かな?
どれも新鮮で美味しそうな野菜ばかり。春菊、キャベツ、トマトを購入。カブはオマケでもらいました。
ところで農地再生はまだまだのようです。タノンティアのブログにも書かれていましたが、何も変わっていないと言うのが現状ですが、若林区は少しではあるけど農作業が出来る地域も徐々に増えています。農家で作った野菜を朝市で売るというのも支援のひとつなのでしょう。

ちなみに以前耕した現場は立派な畑として機能していました。これは嬉しい。(8月12日

これからは寒いので防寒対策、あとはポットにお湯を入れていくと、味噌汁やらコーヒーやら温かい飲み物が飲めるので重宝します。
それにしてもボランティアハウス、引っ越すそうですが、どうなるのかな…
この隣は墓地。以前やった時はお盆で粛々とした雰囲気が漂う中の作業でした…
荒浜小学校は以前と変わらぬまま…グランドにはバイクや船がまだありました。
ガソリンスタンドは跡形も無くなっていました。
冬場なので海岸は閑散としていましたが、建物跡などは無くなっていました。

2012年11月21日水曜日

2012年11月17日(土) 活動報告(南三陸町十日町)

皆様こんにちは、ジュンヤです。
今回は本家ブログでも告知されたタノンティア・ミニツアーでした。
参加者はリーダー、牛乳、飯塚、永井、の男四人。
まずは土曜日、南三陸へ。朝6:45分北仙台駅でタノタイカーにピックアップしてもらい、
飯塚君とボラセンで合流。

南三陸VCは8:30から受付で9:00~とのことですが、定員になればミーティングが始まり、9:00には移動になるので、早めに行くことがオススメです。
早く行くと漁業支援など、あまりやったこと無いような仕事にありつける感じで、これは人数が決まっているので、大人数で多少増えても減っても出来るような瓦礫撤去より先に埋ってしまう模様。
現場は長さんのご実家の近く。(国道側)
行ったことある方なら、ちょうどラーメン屋のバスが止まっている隣辺りと言えば分かるかもしれません。
ボランティアは50名くらいはいたでしょうか
内容は瓦礫撤去。
見渡すと、既にボランティアが入り、瓦礫が撤去された辺りは重機で家の基礎を壊し、その残骸が小山になっている感じですが、あまり以前と変わらないなぁ、と言うのが第一印象でした。

重機が基礎を解体し、そこら中石の山が…
実はボランティアの活動には諸事情が絡んでいることも分かりました。
それにしてもゴミの分別がかなり細かく、ついうっかり忘れてしまうこともあります。

ボラセンの方が持ってきた分別表。うっかりすると忘れてしまいます。
わがタノンティアチームは基礎のコンクリート出しを引き受け、細かい瓦礫をただひたすら除去していきます。(途中飽きてきたり、無理な姿勢で腰も痛めてしまいそうになる。)
もう冬なので一時間程度やってもへばらない感じで、休憩までちょっと長く感じます。


リーダーは時計も見ずに『もうそろそろかな?』と。体で時間の感覚を覚えているようでした。
雨もパラついてきてやたら腹が減ってきたところで午前の部終了。
ちょうど近くに蔵八ラーメンのバスがあったのでせっかくなのでそこへ行くことに。
飯塚君も買っておいた夜食のおにぎりを持ち込み四人でバスへ。
バスの隣にワゴン車があり、そこから料理が供される仕組み。
雨風をしのげる空間に一同心地よさを覚えます。食べ終わってもなかなか外に出たくない感じです。もっと寒くなったらかなり快適かも。

なぜか最後部に四人並んでラーメンをがっつく。味は…『濃い?』かも。

午後はバスでまったりしすぎたせいか、ちょっとけだるい感じに。
とは言えそこで厳しさを発揮するのがタノンティア。
瓦礫を運ぶとすぐにまたバケツが瓦礫で一杯になります。頑張れ飯塚君!

戻ってくるとなぜかすぐにバケツが満杯に…が5回くらい繰り返されていてヘトヘトになる飯塚君。

午後三時。作業終了、そして後片付け。
なんとか予定していた土地のコンクリート出しは完成しました。
さすが、建築関係に精通している牛乳さん。色々な話は勉強になります。

作業前の状態
作業後。コンクリート部分を出しました。中央の石の下には穴が開いているので石でフタを。

ほうきが無かったのであまり綺麗にはなりませんでしたが、『あとは雨が流してくれます』と牛乳さん。実際に次の日に見たら綺麗になっていました(夜に雨が降っていたため)

いつもの記念撮影。テイク2。タノタイガシャツ、XLサイズ、出ないかな…
最後はボラセンに作業終了の報告をして一路、追分温泉へ。
ここは牛乳さんが去年行ったところ。道中、久々のツイキャスでは閲覧10人越えでマツタケショー!の話題で持ちきりになります。

追分温泉に17:10着。いい雰囲気で疲れて冷え切った体を温めてくれます。
あれ?どこかで聴いた曲が…リーダーの「タノンティアの唄」生ライブ。

そんなこんなで復興民泊のチェックインギリギリになったので急ぎます。が、北上川沿いの道は街灯が無く、オマケにガードレールも津波によって破壊されているので、一歩間違ったら川へ転落です。
二階部分が復興民泊。素泊まり2300円。二段ベットは下がいい!と思いました。
無事に復興民泊にチェックインを済まし、牛乳さんオススメの「時代屋」で一杯ひっかけ、その後は見ようと思っていた、実は今回のメインイベントの映画鑑賞がぽしゃってしまうという残念なこともあり、意気消沈しつつ、ラーメンを食って宿へ。


次の日の朝は天気も晴れ渡り、17日に再開した石森漫画館には朝早くからお客さんが詰め掛けます。

宿に帰ると大きな小学生が漫画を立ち読みをしていました。


その後、『復興マルシェ』で昼食を済まし、そのあとはお馴染み日和山公園~看板そして、松並地区を流し、大川小学校へ。
飯塚君とはカネシン前でお別れ。あとは牛乳さんが思わず忘れてしまったジョレンを取りに南三陸ボラセンヘ行き、南三陸さんさん商店街で小腹を満たし帰ってきました。

久しぶりのタノンティア、皆様、お疲れ様でした。
これからは寒くなるので防寒対策をしっかりとすることを勧めます。

すでにご承知かとは思われますが、リーダーであるタノタイガのイベントも、水戸芸術館、仙台ターンアラウンドで開催中。

詳しくはwebで

水戸芸術館(3・11とアーティスト: 進行形の記録) 12月9日までhttp://arttowermito.or.jp/gallery/gallery02.html?id=331

ターンアラウンド(タノタイガ個展 風が 吹くとき) 12月2日まで
http://turn-around.jp/sb/


南三陸の総合防災庁舎跡には相変わらず観光バスがひっきりなしに来ていました。


復興マルシェで石巻やきそばと油麩丼を食べる飯塚君。

日和山公園からの南浜方面

看板の場所に建っていた。この柱の上のほうが津波の高さだそうです。

大川小学校では線香をあげて手を合わせてきました。

2012年9月17日月曜日

2012年9月15日(土) 活動報告(南相馬市原町区)

こんばんは。ジュンヤです。
三連休を利用し、飯塚君と南相馬に行ってきました。

前回同様「復興浜団」です。南相馬道の駅に9時に集合すれば誰でも参加可能です。
金曜夜に横浜からつくばまで電車で行き、ピックアップしてもらい、一路南相馬へ。
朝の4時に到着し仮眠。
9時に集合した時点では40人くらいはいたと思います。
以前、7月28日に行った時に知り合った方も埼玉から休みを利用し、来ていました。(昼に美味しい梨を頂き、癒されました。)

さて、この日の作業は側溝の泥出し。浜団の側溝祭りがまだ続いていたようです。現場は当然のごとく、20キロ圏内の原町区。

最初は道路わきの側溝、それから畑の脇の側溝へと広げます。側溝だらけですが、大人数なので、結構な勢いで進みます。人海戦術の凄さを再認識しました。
風が出ていたのが救いでしたが、それにしてもこの時期なのにかなりの暑さです。

結局作業を進めていくうちに土嚢袋が足りなくなり、本部に取りに戻ったり、買いに行ったりしたようです。なんでも聞いたら一袋22円だそうです。
500枚買ったら一万。土を入れてすぐ捨てる…結構高いかな?支援物資の土嚢袋にはメッセージが書かれてあり、これを使うのは多少気がひけます。
丁寧な手書きのメッセージ、捨てるのがもったいなくなります
ちなみに最終的には土嚢に詰めずに畑のあぜ道みたいな場所に土や泥を上げていたので、最初からそれで良かったのでは…と思いました。(人の土地に勝手に土を捨てるのはタブーである、と言う話でしたが…)それにしても瓦礫も入って無く、ミミズが耕した土。でした。

さて、最初はごみ箱の底が抜けているようなプラスチックの入れ物に土嚢をかぶせ、それをそのまま下から引き抜く感じで縛ってやっていましたが、結局二人一組で片方が土嚢を持って片方がひたすら掘るのを担当した方がはるかに効率が良いと思いました。一人でやるのとでは5倍以上の時間差があると思えます。
自分と飯塚君でそれをやっていたら周りの人達も同じような方法でやるようになってきました。タノンティアでの経験は色々な場面で役に立ちます。「この方法でやると一人ではできなくなっちゃう」と隣の女性も言っていました。

ここに見えてる土嚢だけで数えたら258袋ありました。全て合わせたら500袋以上はあったと思われます。
側溝を掘るとミミズが大量に出てきます。人目につくのは珍しいモグラの姿も!

何も無いように見えてるけど側溝が埋まっています。午後はここから。
この日は9月なのにかなりの暑さ。海岸近いので風も来ますが、それでも暑い。
午前が終わり、休憩中。飯塚君の靴下には大きな穴が…

終盤、ヘドロも出てくるようになり、U字溝と用水路と場所が分かれました。
気付くと自分はU字、飯塚君は用水路で泥すくいをしていました。
どこに側溝があるかわからない所を掘っていき、側溝のふちを探し当て、そこからさらに掘る作業はなかなかハードでした。一方の用水路では泥まみれになりながらの作業。
固い土の中にU字溝が埋まっていることを信じて…
もの凄い勢いで誰よりも最後まで側溝の泥をすくっていたのは飯塚君でした。
側溝終点にたどり着くも地下にパイプがあるのでは…と掘り進める。結構な深さです。

午後4時。そろそろじゃないの?…と言う雰囲気が漂う中、作業終了の合図が。飯塚君はみんながやめても最後まで残っている泥を丁寧にすくいあげていました。
「久々にハードで去年を思い出した。ただ、ヘドロと言うより田んぼの臭いかも。」飯塚・談
ハードな作業内容でした…唯一、側溝の蓋を上げ下げする作業が無かったのが救いです。土嚢袋は品薄だったので多めに入れざるを得ませんでしたが、相当数のミミズが入ってしまっているので、回収される前にミミズ君にはなんとか袋から抜け出してほしいものです。

ところで、ここは20キロ圏内で、人はまだ生活できない場所。
その場所の側溝掃除をしてどうするのか…とも思いますが、やっぱり、住める住めないは関係なく、自分が住んでいた場所を綺麗にしていきたいという気持ちからの作業だと思われます。
生まれ育った土地を綺麗に…と日々活動しているのだと思いました。
いまだ片づけられない放置された瓦礫
静まり返った牛舎。と思いきや馬が一匹だけいたようです。人の気配を察して鳴いていました。
他の被災地ではとっくの前に片づけられている瓦礫も、ここでは時間が止まっているかのように積み上げられています。
ここからは推測ですが、このように公道などの側溝を掃除するのは個人宅のニーズが無い時なのかな、と思います。
特に今回のようにどこからか要請があったという感じではなく、埋まっている所を片っ端から…
という感じでした。ただし、大雨が降ると水があふれてしまったり、冠水したりで危険なので、側溝掃除は大切な作業なのだと、浜団の人は言っていました。

4月にやっと立ち入りが許可されたこの地域ではまだ人は住んでいないようです。やっぱり人手が必要だと強く思いました。次の日はReRootsと思いましたが腰がかなり痛くなり断念しました。
牛乳石鹸シャツ(牛乳氏より)を汚す事になぜか喜びを感じていた飯塚君。
今回、急だったのでMLには流しませんでした。
なお、近々水戸芸術館でやる企画展にタノンティアも参加するそうです。