2012年1月29日日曜日

2012年1月28日(土)活動報告(石巻市牡鹿町・小網倉浜)

こんにちは、ジュンヤです。急きょ土曜日だけタノンティアに参加することになりました。リーダーのブログでも報告はあると思いますが、こちらでも活動内容を報告いたします。

メンバーはわれらがリーダー・タノ隊長、長さん、大橋さん、そして永井です。
おおはしさんが事前申し込みをしていたので、到着後は場所を確認し、現地へ。
場所は牡鹿半島小網倉浜。 気温が終始マイナスで仙台は寒く、石巻に行くまでに2時間近く掛かってしまいました。http://g.co/maps/rj3u7




震災と台風の影響で周囲の片付けなどで、この日は他に団体が二つほど入っていました。千葉からの観光バスの団体は100名ほど。そのほか山形からスマイルエンジン。そしてタノンティアです。

作業は10時過ぎ頃から開始です。作業内容をスタッフに確認したところ、『ゴミの片付けや奥の方にある木々やその他を重機が入れる場所に移動する』と言う内容でした。もちろんゴミはあったりなかったりしますが、瓦礫らしきものはあまりありません。

枝を運ぶ人、土の中からレンジや鉄板みたいなものをほじくりだしている人、漁で使う網も土の中に埋っています。最初は枝をひとりひとりが運んでいましたが、リーダーがすかさず気を利かし、二人ペアで運ぶ人に木々を乗せてあげる方法をとった所、それを見ていたほかの方々も同じ方法を試みるようになり、気づいたらみんなが協力しあっていました。さすがです!素敵な女性ともいつの間にか仲良さげに・・・



午前中でだいたいのゴミなどが片付いたような感じです。これだけの人数がいるとやはりあっという間に終わるものだなぁと実感。昼ご飯は浜風が強く、震えながらでした。評判の「長さんのおにぎり」(タノンティアブログでたびたび登場)にも新作が加わり、疲れた体を癒してくれます。マジでウマイ!


午後は一時間ほど作業をしました。骨騒動もあり、警察も来ましたが、結局動物の骨だったようです。千葉のボランティアバスの団体が帰ってしまうと、スマイルジャパンとタノンティアだけで現場はガラガラに…明日もあり、視察や、帰りの渋滞なども考慮し、このタイミングでわれわれも撤収することに。



途中から気づいたのですが、こういう木々ってそのままにしていても朽ち果てて腐葉土みたくなるんじゃないかな、なんで木を集めなきゃいけないのか、これは薪にでもするのか、なんだか疑問を感じながらの作業でした。 分別ゴミの量より木の量がはるかに多い。



帰りは『報告書』を提出するために再び牡鹿ボラセンへ。途中、海沿いの風景を撮影をしながらの帰着ですが、外はかなり寒い…テロリストのようないでたちの隊長の冷えた手を美女達が温めます。



報告後、『牡鹿のれん街』で買い物をし、石巻の例のクジラ缶から門脇を通り、仙台へ。
みんなで食事をすることになり、わがまま言って「成龍萬壽山」へ連れて行ってもらいました。タケミ夫妻も合流して下さり、噂のスイジューローペンを初めて食べましたが、これが絶品でした。ニンニクガッツリ、辛さも最高。寒い体がぽかぽかです。

今回は土曜日ということもあり、ボランティアツアーバスが来ていて人数も多かったです。人が多いとどうしてもこのような場所で、そしてそれほどきつくない内容なのかな、とも思いました。参加した方々はボランティアをやれて帰っていきますが、内容などを考えると「どうなのかな…?」と思わず考えてしまいます。この場所はそれほど手を入れないといけない場所なのか、それ以上にやらなきゃいけない場所はないのかな?などと生意気にも考えてしまいます。もちろん現地での事情を含め、スタッフの方々が地元のニーズを集めた上での割り振りだとは思いますが、このブログでもたびたび登場する疑問点のひとつだと思われます。

ところでこの時期はとても寒いです。
今回の装備は…
上…Tシャツ、ヒートテック長袖、フリース、カッパ
下…スキー用のスパッツみたいなヤツ、ジャージ、カッパ
その他…ネックウォーマー、帽子、マスク

首はネックウォーマーをしていましたが、作業中は熱くなり外しました。帽子は熱くなって汗をかくとチクチクとかゆくなるみたいです。寒いけど日が出ていると作業中は汗をかき、休憩中に汗が冷えて風邪を引くこともあるかもしれませんので注意が必要です。なお、今回アウトドア用のコンロを持って行きましたが、風が強すぎてお湯を沸かすまでに時間がかかりました。

皆様、ご苦労様でした。以上。ジュンヤでした。

2012年1月4日水曜日

2012年1月4日(水)活動報告(石巻市牡鹿町)

皆様、昨年はお世話になりました。ジュンヤです。
復興元年ということでまだまだ活動していきたいと思っております。
MLで突然流してしまいましたが、牡鹿VCが4日からということで、行くことにしました。
牡鹿は人手が必要と思いダメ元で誘ったら、茨城からイイツカーが急きょ出動。
しかも可愛らしい助手もご一緒でした。5月に石巻の湊地区で経験のあるイソヤマさんです。
例によって前日の夜から東北道をひた走り、9時に到着の模様。
牡鹿VCは4日から活動ということで、前日に電話したところ、
「外は6日からなので公民館の資材の仕分けになります」と返事をもらっていたが、行ってみたら、
どうやら神社の掃除があるということで、先発隊が入っているらしい。
場所は「金華山黄金山神社一の鳥居」
元々は女人禁制だった金華山に参拝できない女性が、鳥居に参拝して帰ったということらしいが、
(現在は当然ながら女子もOK)とにかく鳥居があるだけで荒れ放題でした。鳥居の向こうには金華山が見えるというのが昔の様子だったようですが、現在は太い松が邪魔して全く見える気配すらありません。数十年、いや百年は放置されていた様子です。
地元の方々は「ここをこんな風にしていたから津波が来た」と思った人もいたようで、
新しいしめ縄をつけ、何とかきれいに…と思ったようです。
こういう地元の方々の思いも大切にしたいものです。
神社と言えば南三陸の上山八幡宮が思い出されますが、それどころではない草の量。スタッフ含め8名で作業です。
なお、9月の台風15号により、木々が倒れてしまったようですが、これはどうにもなりません、重機を入れるかチェーンソーで細かく切るかして運ばないと厳しい感じです。
集めた草木はボラセンの軽トラックで運びます。
約二時間ほどで作業は終了。とりあえずは綺麗になったかな…ちなみにこのトラックは近くの集積所に落ち葉を4、5回くらい運んでいました。
作業終わり頃には雪が結構降ってきました。VCに戻り次の作業は…VC付近の側溝掃除です。
久々の側溝。しかし、雪も結構降ってる。近くなので歩いて移動。が、しかし…
「側溝が異様に深い!!!」
1m位はあったのではないでしょうか、掘っても掘っても底が出てこない。
しかも、下の方からは久々の臭いが…「やさしい…」ではなくヘドロが。
このような箇所がまだまだたくさんあるそうです。
浅そうに見えますが、まだまだ底は見えず、ヘドロだけが出てきました…ここから包丁やら時計やら靴やら茶碗が出てきます。津波の恐ろしさを垣間見ました。
午後は雪がひどいので側溝掃除は無しで資材の仕分けなどのお手伝いです。と思ったら晴れました!!よ~し、側溝掃除の続きを!と思いきややっぱり資材の仕分けです。
8月に来た時に比べるとたくさんの資材や救援物資、食糧、果ては車まで集まったようです。
スコップもかなりの量があります。
午後はそのスコップに「牡鹿ボランティア」と書かれたテープを結びつける作業。
  ここで問題点が…
 
 「本結びで結んでください。」                                
                            
 ということで、
 みんな結ぼうとしますがなかなかうまくいかず
 なんとかサンプルを見ながらそれらしく結びま 
 す。さらに、ピンクのテープがなくなり、
 それを作る作業に移行します。
 
 
 「あれ?牡鹿ってどう書くんだっけ?」
  何てことはありませんよね?イイツカ君!
ラベルも完成です。(一部画像を処理してあります)
午後はタノンティアサテライトとしては外ではなく事務作業のような感じで終わりました。
帰りは夏にやった現場を見て帰ってきましたが、何もなくなっていました。
家の中を片したらあとは更地にするようです。瓦礫がなくなるといよいよ何もなくなるんだ、とつくづく思いました。
ちなみに8月に行った場所も跡形なくなっています。
この後、クジラ缶から門脇小、看板と様子をうかがい、イイツカチームとお別れ。遠い所お疲れ様でした。
誰かが書いた「変な落書き」はまだ消されずに残っていました。10月のリサーチでもリーダーはじめ、一同がっかりです。
南浜地区も瓦礫もほとんどなく、遠くまで見渡せます。この季節の夕日がやたら眩しく感じます。
紅白で長渕剛が歌った門脇小。震災後に比べたら比較にならないほど校庭には何もありません。
最後に…牡鹿ボラセンにたくさんいた猫達は少しずつ減ってきて今は一匹です。猫アレルギーの方がいるので、檻の中にいた「ナガオカ」君(ホモ)。里親募集中だそうです。おーはしさん、どうでしょうか?ちなみに人懐っこくずっと鳴いていました。指を入れるとスリスリしてきます。
以上、長々とすみませんが、牡鹿VCではまだまだたくさんのニーズがあるようです。しかしながら、11月以降ボランティアの数が減り、特に平日はほとんど来なくなったようです。
ツアーのバスなどで来る方々はどうしても、狭く陥落している道路が雪で凍結などしてスリップしたら…と思うと敬遠してしまうようです。
土日は大人数で入れるニーズ、平日は長期滞在組が頑張り、少人数でできる仕事をこなす毎日のようで、機材、資材、食糧などはあってもボランティアの人数が不足しているようです。今後は牡鹿、テラセン、南相馬あたりに絞って活動でしょうか…。
まだまだやれることはたくさんあると思います。
復興まで自分ができることを考え、関わっていきたいと思いました。

2011年12月4日日曜日

2011年11月26日(土)活動報告(石巻市牡鹿町)

牛乳です
遅くなりましたが先週土曜の報告です。

行って来たのは牡鹿VC
受付時間が8:30から9:00の間なので余りのんびりいけません。
(土日は参加者が多いので7:30から受付もあるとのこと)
 石巻中心部からも結構離れているので、仙台の中心部からの6:30集合でも遅くて、到着が8:45くらいでちょっと焦ってしまいました。
メンバーは先に到着していたオカベ(ユ)さん・オカベ(デスネ)くん・ニヘイさん・ヨウくん・イイヅカくん、そして僕の車にヌマッチさん・僕

先日の視察のとおり未だニーズはまだありました。
派遣先はVCのある鮎川から少し離れた小渕浜(こぶちはま)地区
作業内容は海岸に面した水田のガレキ撤去

 派遣先には僕ら以外の参加者が300人位がVC(社会福祉協議会)のメンバーからガレキ分別のルールを聞いたら、各自作業に取り掛かるというものでした。
 大半の参加者は県外からのバスツアーなどで、レクリエーションの簡単だったことと道具が不足していたので、周りの作業内容を探り探りやるしかないようで、序盤戸惑い気味でした。


 僕らはテリトリーを決め、できるだけ集中して同じ場所に従事、テキパキやることで模範になればとこっそり願いを込めて。(内心ドヤ顔)
 その土地が水田ということもあって足元がぬかるみ、ガレキの半分ぐらいは建物の木材で、釘が出てるので注意が必要でした。
 作業時には消防と警察の方が来ていたので、未だ不明者の確認も遂行中なのかもしれません。
 日差しに恵まれ暖かい中の作業でしたが、休憩時は汗が冷えてちょっと寒いので、体温管理が難しいです。
 昼過ぎにもなれば、概ね瓦礫の掘り起こしにめどが付いたので、


 道路脇までガレキを移動


 ここでも僕らは物言わず、動線の凹凸ならしや搬出先のガレキ分別にしゃしゃり出てみました。(やはりドヤ顔)
 13:30過ぎから次々ツアー参加者が帰り始め、15:00過ぎには大半の参加者がツアーの都合で撤収して、我々だけ残っちゃったので、

 恒例の集合写真を撮って僕らも引き上げました。

 報告のためVCに戻った際、道向かいに「おしかのれん街」がオープンしてたので覗いてみました。
窮屈そうでしたが、おすし屋さん、魚屋さん、鯨を使った工芸品屋さんが並んでいたので、好物の鯵の干物を購入。※画像失念

 ちょっとコーヒー等を買うもりで、帰り道にこの日の作業場所の上にあるコンビニで見つけたもの、

(HELP)
このコンビニは浜と浜の間にあり陸の孤島となり、上空からの救援を待っていた痕跡でしょう。

(日赤病院 出産)
 無事、牡鹿の新しい命が生まれ、健やかに育っている事を願います。
以上、見慣れてしまったはずのリアス式海岸がちょっと綺麗に見えた牡鹿の話でした。

2011年11月21日月曜日

2011年11月19日(土)活動報告(亘理郡山元町)

ゆみぺです。

いつにも増して長文駄文ですごめんなさい。


本日は群馬からワタナベさん、ネギシさん、埼玉からオカゼリさん、

仙台からタケミさんゆみぺの5人で山元町災害VCに行ってきました。

関東勢の3人は毎月宮城にボランティアに来てくれています。

本当に頭が下がります。

山元町VCでは少し前に本格的に冬に入る11月20日をめどに活動したいと

訴えていたこともあってか

ボランティア受付では200人近い参加者が並んでいました。

我々も事前予約はしていたけれど受付時間が少し遅かったせいか、

なかなかニーズが回ってこなくて待合室でしばらく待たされました。

10時に待合室で待機していた他のチームも含めて15人で側溝掃除の追加人員として

派遣される事になり、各自の車やバイクで連なって現場に向かいました。

現場まではボラセンの担当者の誘導に付いていくやりかたなので住所がわかりません。


テラセンのある普門寺近くの側溝だと思うんですが、

そこに着くとすでに大型バスで来た団体や個人が大勢で作業を初めていました。

我々も早く作業を始めたくてどこからやろうか見定めて待っていたのですが

ボラセンの担当者も車の誘導で手一杯、現地のリーダーも誰だか分からない、

道具も足りないということでまたしばらく待たされていると、

ボラセンの担当者から「追加で来た方集まって下さい。」との声で招集がかかり

集まったのは全部で40人。

私たち15人よりも先に追加人員がいたことにおどろきつつ

手違いで場所を間違っていたという説明でまた大移動する事に。


着いた場所は目印になるような物もなくていよいよどこだか分からない。

海からは4、500mくらいの場所で区画はあるものの建物が建っていた形跡がない。

分譲地だったのかな。

その場所の側溝を追加された順の3チームに分かれて作業スタート。

側溝のふたを開けて満タンの砂(近くが砂浜なので泥ではなく砂)をすくって

土のう袋に入れるといういつもの単純作業ではあるのだけど、

用意されていた土のう袋がいつもの3倍はある大きさ。ガラ袋なのかな。

みんな張り切ってついつい入れ過ぎてしまうんですよね。


山元町VCでは土のう袋不足も訴えていましたが入れすぎては腰に負担がかかるし、

回収業者も大変だ言うと同じチームの人は納得してくれましたが、

別のチームの満タンに砂を入れている人に注意すると

「重機で回収すればいいんだから側溝の脇に2人がかりでも持ち上げて置ければいいんだ。」

と言ってきかないので口喧嘩するのも嫌でその場を離れました。

我々は回収する時のことも考えて袋を置く場所の拠点を数カ所決めてなるべくきれいに積むように心がけていましたが、

他チームでは側溝を掃除した順に一列に土嚢袋を置いていきます。

理由は知らないけど彼らにすればまとめて置かなくていいんだそうな。

実際回収業者は重機なのか手作業なのか私には分からないけど、

もし手作業だったらと想像しなくてはならないし

どちらにせよ一列に置かれたら車を数メートル単位で移動して積まなければならないので

凄く手間なのでは。


昼休みには他チームの方も交えて車座になってごはんを食べました。

京都から車で単身来た女性、大阪や東京、石川から来た人もいました。

話も弾んできたのに雨が降ってきてしまって残念だけど車内待機に変更。

雨が強くなってきて午後の作業の心配をしていると、他チームのリーダーが呼びに来て

「雨が降ってきたから昼休みを返上して作業を進めて早く終わるようにしましょう。」

とのこと。

延々続いている側溝は今日一日で終わるものではないし、昼休みだけど現状を片付けて

中止しましょうって言うなら分かるけど

進めたいのなら午後でもいいじゃないかと納得がいかないが従う。

結局雨は昼休みが一番強かった。


午前も午後もいつもながらオカゼリさんワタナベさんは積極的に作業を進めるし、

ネギシさんとお会いするのは初めてでしたがスコップで砂をすくうのがめちゃくちゃ上手い。

訳を聞くとご実家が畜産農家でこの手の作業は慣れているのだそう。

本当にプロの手つきで感服しました。

その後も我々のチームが休憩をしている間も他のチームはぶっ通しだし、

3チーム中1チームは袋も道具もその場に開けっ放し置きっぱなしで他の現場に行ったとかなんとかで急にいなくなるし、

何時までにどこまでやるかというアナウンスもなく急に14時には作業終了。

終始参加者全員に指示や説明が届かないし統率の取れていない現場でした。

作業時間が短くてあっという間でしたが久々の団体行動のやりづらさに憤り疲れました。

現場が片付けばそれでいいんですができたら気持ちよく作業したいですよね。


山元町VCに戻って記念撮影。

みなさん雨の中お疲れさまでした。


朝の待合室で同じチームになった女性は千葉から単身新幹線で仙台まで来て

常磐線で亘理まで乗り継ぎ、臨時バスで山元町まで来たそうです。

現場までの移動はタケミカーに乗ってもらって一日一緒に行動していて

帰りは私たちも帰る仙台まで送り届けました。

いろいろお話ができてとてもよい時間でした。

またお会い出来たらうれしいです。

群馬勢のみなさんもよかったらまた来て下さーい。

2011年11月17日木曜日

2011年11月12日視察報告(東松島・女川・牡鹿・河北)

牛乳です
タノさんとの被災地観測とはまた別に沿岸沿いに行ってきました
先のレポートについてはご本尊にお願いするとして
今回”ぬマッチ”と先の土曜に行って来た被災地のレポートをします

まずは一番大切なこと
8月20日のレポートにもあった旧牡鹿町の鮎川

いまだ前線基地です
行ったその日は女の子の受付が一人で受付などの立ち回りをしていました
今現在、ニーズは豊富で事前の連絡も不要で
土日休日無くエントリ大募集
でもしっかりしたい人は電話しましょう

以前更新のほとんど無かったTwitterも今はバンバン更新しています
http://twitter.com/#!/ishinomakiovc
僕は11月26日(土)にエントリー予定です
同行願える方も含めて募集してます
(ご希望の方はML経由でエントリー願います)

話をスタートに戻します
まず向かったのはヌマッチの乙女心を癒してくれた
奥松島の宮戸島室浜


入り江に込み合った静かな漁村だったそうです

その後石巻を抜け

女川にランチへ
目の前に海を臨む場所に真新しい看板で営業していた
おかせいさん

とびっきりの具材(赤貝・しゃこ・あわび・トロ・うに・謎)
あら汁食べ放題で満腹&満足
隣接する魚屋さんでは信じられない値段の魚介
お近くにお立ち寄りの方は必見です

そこから旧牡鹿町鮎川へ
行く途中ガレキ撤去に励むボランティアが散見
過去に家族で行楽・自転車で遊びに来た町は無残な姿に変わっていました


以前の報告にあった建物はここでしょうか

冒頭のとおりVCの様子を見た後は旧雄勝町を経由して旧河北町へ
心なし、道すがら集落はあまり復旧具合が進んでるようには見えませんでした
交通の僻地ゆえの事なのでしょうか

旧北上町を結ぶ新北上大橋付近大川小学校
ご存知の方も多いと思いますが
津浪でたくさんの児童が命を落とした場所です
校門は慰霊碑となり日が落ちた時間でも手を合わせに来る人の姿が
そして沢山の供物が備えられていました。

僕らが気ままにバイクを走らせ向かった結果は
個人的に震災前の思い出の修復だった気がします
いまだ再生は半ば
まだやること考えるべきことは山積みです