2011年8月11日木曜日

2011年8月9日(火)10日(水)活動報告(石巻長面浦、牡鹿半島)

皆様初めまして。タノンティアビギナーの永井です。今回牛乳さんのお心遣いによりブログを書かせていただくことになりました。新参者ですがよろしくお願いします。
自分は7日より参加していますが、せっかく帰省しているのだから出来るだけやろうと思っています。
とりあえず9日、10日の報告です。
石巻、9日は長面浦(ナガヅラウラ)という場所でした。
地図を渡されたらかなり遠い場所で(VCから20キロ)児童が多く亡くなった大川小学校の近くでした。31日に牛乳さん達がが行かれた場所の川を挟んで反対側みたいな感じです。
メンバーは某「○○です」のお天気お姉さんとお友達というM田さん、広島から車で来たM内さん、ちなみにM内さんとは7日にも一緒に活動していたのでお互いびっくりでした。しかも職業も同じでした。社協の方に言われたことは・・・
「既に団体が入っているからその指示に従って下さい」
「道具は全て向こうにあります」
「道が途中から無くなりますが、なんとかなると思います」
ということでした。三つ目が気になりますが、美女二人に囲まれ車を走らせること40分、本当に道が無くなり、あるのは川に浮かんだ感じの砂利道で、ダンプが結構な勢いでたくさん走っています。
その奥が目的地ですが、今までとは違った雰囲気でした。干潟の中に家がポツリポツリとあるような感じで、住人は誰も居ません。聞くところによるとこの地域にはもう人が住めないから全て取り壊すのだが、家の中にモノがあると業者が解体してくれないからとにかく家の中のものを出す。とのことでした。作業場には既に4人居ました。福岡のリバイバルという団体の方が中心となっており、リーダーのウエノさんは福岡から車を使いたった一日で石巻まで来たようです。(あえて何キロ出したかは聞きませんが)そして五月から専修大のグランドにテントを張ってそこを拠点に活動しているようです。
さて、内容は、とにかく家の中のものを全て出す、ということで、知らなかったのですが、土嚢には土しか詰められないようです。(ゴミやヘドロも不可)、分別が厳しく、できていないと業者が持っていかない。などということで、家の中から出したものはどうするのか・・・その答えは「分別して庭先に置く」でした。家の中は割とモノが無い状態でしたが・・・二階にはまだ使えるものばかりだったようです。でも捨ててほしいという家主さんのニーズです。ひぇ~今までじゃ考えられないことでしたがこのご時世、確かに分別は必要です。結果、庭先に出したものが潮が満ち出したのか冠水してきて、やばい感じになってきて、リーダー曰く、「誤算。」縁側に置く作戦に変更です。どちらの画像もタノ隊長を始めとするタノンティアメンバーが見たら「汚い」とお叱りを受けるかもしれませんが、これでいいらしい。ちなみに初体験のミッド建設は失敗しました。せっかく積んだと思ったら団体の方が軽トラックで持って行ってしまい・・・世の中うまくいきません。ちなみに黒い土嚢で作られた道は本来の高さではないみたいです。
雄大な森と水に囲まれた景観の中でも人を寄せ付けない厳しい自然もあるのだ・・・と改めて津波の恐ろしさを思い知らされました。水没してしまった堤防。かなり地盤が沈下している様子がわかります。瓦礫が積み上げられた山・・・最後に、失礼かとは思いましたが、捨てるものの中から湿った線香を発見したので拾い集め、作業中日なたに置き、乾燥させてからそれに火をつけ、大川小学校前の慰霊碑にあげて手を合わせてきました。亡くなられた74名のご冥福をお祈り申し上げます。
10日は更に遠い地域へ。
ニーズは「無い」と言われ、人が全然足りないと紹介されたのが牡鹿町ボラセンでした。リアス式海岸で被害も大きかったようですが、公民館(被災している)が宿泊所兼VCとなっていました。ちなみにここに寝泊まりしてボランティア活動をしてもOKとのことでした。人が居ないので来てほしいようです。
専修大学からは50キロあり、一時間ちょい掛けて着いたら既にホールでマッチングをしていたところでした。15名ほどでした。自称「ベイブ」と呼ばれるラッパーの方が現場責任者でした。(専修大で見たような気が。)作業現場を見てビックリ。5か月ほとんど手付かずで、おまけに傾いている。柱一本外したら確実に倒壊するような感じで危険。写真じゃ分からないかもしれませんが、玄関、やばいです。人数も多いのでサクサク進みましたが、な、なんと・・・業務用の冷凍庫を外に出そうとしたら・・・ギャーっと悲鳴と共に例の香りが。そうです、無数の「やさしいヤ~ツ」登場です。みんなさり気なく外に逃げて出てしまいました。「どうする?そのままにしとく?」みたいなやりとりが始まったので、ここはタノンティアで培ったやさしいヤツ対処法でやるしかない。と思い自分が全て片付けました。漁業で使う青いかごに全て入れ、さらにビニルに入れました。久々のにおい。う~ん、やっぱこうでなくちゃ。なんて思いながらの作業。それにしてもみんな大騒ぎでした。
あまりの臭さに一同誰も近寄ろうとしません。なのに後からこの話でやたら盛り上がっていて、まさに対岸の火事状態です。ハエが加速的に増えだしたので仕方ないのでこれをまたビニル袋に詰めました。これでも速攻でハエが100匹くらい集まってきました。この日はあまりの暑さに三時で終了です。人数が多かったので作業もスムーズなのかな。とは言え、倒壊しそうなのに天井を落とそうとしている人がいたので危険でした。下手に動かして何かが落ちた振動で倒壊したらとんでもないことになります。気をつけたいものです。
今日のメンバー。みんな黄色の長靴を履いているのはVCで借りていたからです。鉄板が入っているものでした。なお、偶然にもまたまた広島のM内さんと一緒でした。三日ですよ!これは何かの縁か・・・。あとビックリしたのは横浜の教員が4名来ていて、全然気付かなかったのですが、「永井先生!?」って言われてビックリでした。サッカーでお世話になった先生がいたからです。ちなみに横浜市は学習支援隊と言ってこの時期に石巻に二泊三日で延べ1000人近くが小中学生にかわるがわる勉強を教えに来ています。その人数がこういう地域に来てくれればなぁ。とつくづく思いました。知り合いの先生たちはそれに参加せずに全くの自腹で委員会と関係無くでこっちに来てくれたようです。この日の作業はここまで。大きなものは大体出しましたが、手で床のモノを全て取り去るのは限界が・・・
最後に牡鹿半島で津波が押し寄せた方向、そして激しかった位置を示すマップを載せます。センターで冊子にしてデータとして全員に配布してくれています。(牡鹿半島の歴史や特産品や人口のデータなどかなり事細かなものです)地図中の1が一番被害が大きい地域です。2、3は逆方向だったのでまだ被害が少なかったようです。
以上が報告になります。長々とすみません。しかも訳わからなく突然題名だけブログにアップされていてご迷惑おかけしてすみませんでした。
なお、画像をアップするタイミングと文を打ち込むタイミングが同じだと今まで書いたものが一瞬にして消え去ってしまい、それを三回もやってしまい時間がかかってしまいました。
もし不適切な表現などがあったらご指摘下さると助かります。
タイ君、岡山での活動頑張ってね!陰ながら応援しています。ではまた。

2011年8月9日火曜日

2011年8月7日(日)活動報告(石巻市湊町)

ゆみぺです。

本日のメンバーは牛乳さん(リーダー)、ぬマッチさん、ハルカンノさん、キタくん、長さん、タケミさん、ゆみぺ、初参加のO島さん、横浜からジュンヤ先生の9名。

現場は石巻市湊町2丁目の側溝の泥出し。昨日他チームが行なった作業の継続です。


先に石巻VCに着いた牛乳さんが即ニーズをゲットしてくれていて、

道具も現地にあるというのですぐ現場に向かい、現場も近いので9:30には作業開始できました。

現場に着くとコーディネーターのような人(見てるだけ)がいて、

指示をもらってから作業開始。


現場にはスコップやバケツ、土のう袋の他に、側溝のふたを開ける「キャッチリフター」という器具が用意されていて、

側溝のふたを挟んでてこの原理で持ち上げる作業を始めはみんなで悪戦苦闘していましたが、

慣れてしまえば一人で楽々側溝を開けられていました。

側溝の中は始めのうちは思ったほど水気がなく、硬くなっている泥もあったので

クワでほぐしながら堀り進めます。

作業を進めて行くとサクサクと掘りやすい場所、水気の多い場所と変わってきました。

水気の多い泥は少しの量でもとても重い。運べなくなるので袋をケチらず詰め過ぎ注意です。

海から吹く風の匂いが臭かったけれど、泥の匂いはそんなにきつくはなかったです。

たまに気持ちのよい風が吹く事もありましたが、直射日光のもとでは効果無し。

命の危険さえ感じる暑さで30分もしないうちにバテバテ。各自自分の体調と相談しながら作業します。

昨日、もしくはそれ以前に作業した人たちの土のう袋が乱雑に積んであってがっかりしました。

通りの空いているスペースにはすべて積んであるので同じ場所に積むしかありません。

酷い物は袋が閉じてなかったり泥が漏れ出しているものもあります。

仕方ないので先にあった土のう袋を整理しながら積みました。

昼前にボランティアセンターから派遣されメンバー9人増員。

男性陣が魚屋の前で側溝を塞いでいた大きな冷蔵庫も動かします。

昼休み明けにコーディネーターのような人から今日の作業範囲を決められて、

13:30頃作業終了。進んだ距離は50mほど。

依頼者のお宅の方が高圧洗浄機を貸してくれたので、道具の洗浄は楽々。


依頼者のお母さんが作業中、隣の家では何人亡くなった、そっちの家は何人。

あそこは病院なんだけど、辞めて仙台に行ってしまったので近くに病院がなくなってしまった。

などと話してくれました。

お母さんは近くの小学校に逃げて助かって、今は川の反対側の仮設住宅に住んでいるそう。

自分の家を直して住みたいが、この地区に住めるかは9月~11月に決まるようで片付けて待っている。

すでに直し始めている家もあるし、更地になった土地も、ある程度泥を寄せてある家も、

まったく何もしていない家もあります。

いずれにせよこの地区が先に進むのはまだ数ヶ月先です。


人や車通りが思ったより多くて、通りかかった人が挨拶やねぎらいの言葉をかけてくれるのが

印象的でした。

少なくともよそ者が出入りしていることを受け入れてくれてるのかな、と安心します。

依頼者のご家族と、広島からの単身ボランティアM内さんと一緒に。
(後ろは依頼者の店ではありません。)

道具の返却も終了報告もコーディネーターのような人がしてくれるので現地解散。

我々9人と、増員されたメンバーのうち、広島から来たM内さんを連れて

鯨の大和煮缶詰の前と、門脇町の看板前日和山公園を見学に行きました。


門脇町の看板前には七夕飾りがありました。いつもながら多彩です。

短冊もあったのでみんなで願いを書きました。

雑草が生い茂り、緑色の景色が広がっていました。

日和山公園から石巻漫画館のある中州を見下ろしました。

ほとんど何も無くなってなってました。

このサイトで中州の震災前と震災直後の画像が見れます。

その後は希望者で松島まで行ったようです。

皆さんおつかれさまでした。熱中症にかかってませんか?

牛乳さんのリーダーっぷりには感心しました。ご苦労様でした。

2011年8月1日月曜日

2011年7月31日(日)活動報告(石巻市北上町橋浦)

牛乳です
昨日は川開き祭りがあるということで
市街地から大きくはずれた旧北上町橋浦に行って欲しいとの事
決して名の知れた集落ではないこの地名を聞いてドキリとした

■メンバー
ぬまっちとぬまっちの友人HIZUKI君(ボランティア筆おろし)等の僕ら3名
それと神奈川県平塚市から駆けつけてくれた社会福祉協議会の皆さん30名
仙台からのメンバー5名

■依頼主
石巻市役所北上支所

■内容
水田に流れ込んだ瓦礫の撤去
天気は安定せず午前中は雨中の作業

ただっ広い田んぼには建物の残骸やトラック、アスファルトが散乱した上に
生チョコ状態のヘドロがコーティング

広すぎて分かりづらいんですがところどころボリューム満点

ただ、頭数は十分

車や電柱などの重量物以外は一気に片つけます

厄介なのはこれ

憶測ですが稲の育苗に使う保水マット
つかみ所が無くて長くて重いんです
偶然拾ったのこぎりで切り刻んで運ぶ事に成功
握力がとにかく必要です

この瓦礫は車の入れる道路端まで寄せて
出来るだけ重機を水田内に入れないようにする事で
重機が水田内に入ると土壌が荒れるんだそうです

これらの水田は持ち主が不在で北上支所で一時的に預かっていた土地で
担い手待ちなっているので大切にしている土地なのだそうです

■うふぉ”いい男”
2ヶ月前に石巻VCから橋浦に寝泊りの拠点を変え
常駐されたマッチョなお兄さんがプレイングマネージャーをされてました
この地区は本来、北上支所がVCを立ち上げ復旧に当たるはずだったのが
支所が壊滅したためしばらく手が出せなかったのだと

この周辺は石巻周辺に比べ住宅は密集しておらず
件数は少ないものの手の入ってない住宅も見られました
橋浦地区はたくさんの子供達が流された大川小学校の川を隔てて向かい側になるが
集落が壊滅状態になることは無く1mくらいの浸水にとどまったそうです

■観光
現場から程近いところに”追分温泉”というところがあって

ロケーションがすばらしいので浸かりにいってきました

玄関前ではピチピチの高校生が和気藹々とたむろ
聞けば3月に地元の中学校を卒業式を迎えるはずだった子達で
その日に遅ればせながらの卒業式を行い
食事会行った直後だそうでした
散り散りの進路に向いた高校生達はいつまでもその玄関ではしゃいでました

メンバーは僕以外はフルチンで僕はバスローブのまま入浴
湯上りに見つけた楽器でタノンティアポーズ

ロハスなアコースティックバンドを目指したのに
結局コミックバンドになってしまった感じです

■北上支所と吉浜小学校

僕が今回の北上町橋浦地区と聞いてドキリしたのは
19歳で就職して初めての年に担当した仕事のひとつが
その地区での町道建設に関する権利調査
橋浦地区こそ原型をとどめていた物の何度も足を運んだ北上町役場などは
跡形もなし
新しく出来た庁舎も防災センター兼避難所になっていて
50名以上の方が避難したものの生存率5%

おくりびとのHIZUKI君がお線香の焼け残りに火をつけて3人で合掌

ここでもまた思い出の地が流されていたわけです

2011年7月31日日曜日

石巻動物救護センター

ゆみぺです。
『Casa BRUTUS 8月号』に載っていました。
動物が大好きな方はご覧下さい。

2011年7月27日水曜日

2011年7月23日(土)活動報告(東松島市赤井川前)

おおはしです。
タノンティアサテライト、初投稿です。

さてさて、7月23日(土)は、いつものように前日の夜に東京発、
茨城でいいつかさんと合流して早朝に宮城県に到着。という流れで、
今回は初めての東松島市ボランティアセンターへ。

 
これまで石巻ボラセン(ボランティアセンター)しか行ったことがなかったので、
なんだか雰囲気やら要領の違う東松島ボラセンでキョロキョロしつつも、
マッチングとか資材貸し出しなどは基本的に同じだし、なんとかなるもんです。

よく東京で、「被災地行っても、ボランティアするにはどこ行けばいいかわからない」
「どうすればいいかわからない」という声を聞きますが、
まずは個人でもどこかしらボラセンに辿り着けばなんとかなる気がします。
(ニーズがあるかどうかは置いておいて、まず最初の行動として、という意味で)
 
そんなわけで今回はタノンティアサテライトから、チョウさん、ニヘイさん、ヨウくん、
Kトーさん、東京から一緒に来たクドウさん、ヤナギくん、イイツカさん、オオハシ、

ボラセンでマッチングしてもらった消防団員3人組(動きがプロ!)、
東京の会社員2人組、美女ふたり、墨田区から一人で来た男の子、
ボラセンで偶然居合わせた(!)、去年墨東まち見世事務局で同じ釜の飯を食った仲の、
水戸在住リョウタロウさん、計17名で作業しました。
 
この日の作業は空き地のヘドロかき。この地区の区長さんからの依頼です。
一見ふつうの空き地ですが、よく見ると地表に約5センチのヘドロの層が
カチコチに固まっています。
 
広い空き地の、端から片付けていきます。
ヘドロには小石が混じってたり雑草が根を張っていて、容易にスコップではかけません。
そのため鍬状のもので地表を耕す人、その後ろからほぐしたヘドロをすくう人、
というふうに役割を分担します。依頼主の区長さんも鍬係で一緒に作業してくれます。
(きみどり色のチョッキの方)
 
地面右手に見える、ひび割れているのが、かちこちヘドロ。

この空き地は石巻の方の持ち物らしく、今回の津波で
石巻の家がダメになってしまったため、ここに新しく家を建てたいそうです。
そこで日頃からこの空き地の手入れをしていた区長さんが
ヘドロかきの依頼をボラセンにした、というご縁でした。

あたりは取り壊しを決めた家も多く、人口が減っちゃってね、と、区長さん。
 
休憩中、小雨が降りながらもなんとか天気は持ち直しました。
一日中曇っていて涼しかったです。

チョウさんがこの日のリーダー、イイツカさんにツカハラをせがむも、
タノハラのようにうまくは行きません。みんなでふて寝です。(うそ)

この休憩の後、13時34分頃、
宮城県沖が震源の、現場は震度3?4?の地震がありました。
なんの情報もない中、みんなで携帯を頼りに「震度は?」「震源地は?」「津波は?」
と騒然となります。ボラセンから作業中止要請もなかったので、
安全を確認して作業を続けます。
 
この日のミッドはツカミッドチョHEY!!(イイツカさんチョウさんニヘイさんの合作)
集合写真のひな壇にも最適です。


作業は時間通りに終わりました。
わたしが来た前回(6月下旬)までは作業は16時に終えるルールでしたが、
最近は15時に終えるそうです。暑さ対策でしょうか。
少し物足りない気持ちもありながら、ちょうどよく作業も終わったのでそのまま撤収。

東松島ボラセンでは、資材の返却の際の立ち会いでの数の確認も
(石巻ボラセンと比べると)ゆるっとしていたり、
資材の泥落とし用に高圧洗浄機があったり着替え用の小さいテントがあったり、
石巻ボラセンとの雰囲気の違いもおもしろかったです。
 
作業を終え、関東勢の4人は
イイツカさんの取り計らいで東松島市野蒜地区を見に行きました。
毎回作業現場の近くの、被災のひどいエリアを見て帰ります。


申し訳ない気もしますが、わたしは今回の震災があって初めて宮城県に来ました。
松島の景色を見るのもこれが初めてです。

しばらく海岸線を走っていたら、その景色の美しいことにみんな息を飲みました。
地名の表すままに素晴らしい松と島々。(写真は違いますが)
石巻の空に関しても思うことで、どこまでも広がるがれきとは相反して、
被災地の自然の部分、景色そのものはとても美しかったりします。


毎回思うのは、これからどうなるんだろう、ということ。
まだまだ片付いていないエリアや、片付けながら
なんとかその土地に住み続けようとしている方々、
個々人の事情と、再開発などの、まだまだ見えてこない全体的な事情と。

東京で変わらない日常を過ごしていると、
どうもこの状況に現実感がなくなるので、どうしても被災地に通ってしまいます。
月1回は通っておりますので、よければ関東圏の方、一緒に行きましょうー。
毎回予定が立ったらいいつかさんのブログで同乗者募集してます。


《番外編・24日・石巻市門脇捨喰の現場》


先日ゆみっぺさんが報告してくださった、この翌日24日の現場の報告もチラッと。

民家の床下のヘドロかきをしたわけですが、
キッチンの床下には冷蔵庫の中に入っていたとおぼしき食品の数々が…
タッパーに入った、やさしーいやつを彷彿とさせる色
(得も言われぬ蛍光ピンクみたいな…)のものなど、
久々たんぱく質系のデリケートな物たちに出会いました。

実に約3ヶ月ぶりの遭遇だったのでずいぶんキャーキャー言ってしまいましたが、
初めてのタノンティアがお魚天国だった我々には、
こんな程度のたんぱく質、なんてこたないよね、
というわけでタノンティアには感謝しかアリマセン。

この日は大きな角スコップを使わない(使えない)現場で、
ほぼ全部手で集められるヘドロの固まりでした。
タノンティア仲間のぬマッチさんがヘドロのにおいの種類について
解説してくれましたが、この日のヘドロは無臭系ヘドロだったそうです。

ヘドロのにおいまで嗅ぎ分けるなんて、
タノンティアサテライトには驚くべき手練ればかり。
初めてのあなたもぜひご参加あれ。


8月もまた行きます。
初めての投稿で浮かれて長くなりました。
ではまたです!

 

2011年7月25日月曜日

2011年7月24日(日)活動報告(石巻市門脇捨喰)

ゆみぺです。

前日23日に他のメンバーが東松島で活動していましたが、

先に24日の報告を上げておきます。

東松島での活動報告楽しみにしています。


本日のメンバーは茨城・東京から何度も来てくださっているイイツカさん&オオハシさんコンビ、二ヘーさん、東京から2回目の参加ヨウくん(この4人は前日の東松島も参加)、

ぬマッチさん、タケミさん、初参加志保さん、ゆみぺで計8名。

現場は石巻市門脇捨喰(しゃじき)の民家。

※読めない地名でボラセンの担当者が捨喰(しゃくい)と言っていましたが、正しくは(しゃじき)の様です。

今は住宅街の数件のお宅しか住んでおらず、駐車や休憩も隣の空き家の庭でしました。

側溝や下水管はすでに市が掃除済みで、電気も水も使えます。


作業は床を剥がした後の床下と庭の泥かきの依頼のうち、床下のみ行ないました。

今日のメンバーは全員床下初挑戦。

床下の泥かきに便利な”ジョレン”がすでに貸し出されてしまったので

園芸用の小さいシャベルとちりとりで代用。

大引きや根太が邪魔で、それをまたいで、かがんでの作業です。

ヘドロは5センチくらいの生チョコ状で剥がしやすかったようですが、

台所の床下にはかつての食品落ちていてオオハシさんが根性で片付けてくれました。


そんな中、私は独り外でユミペミッド建設中。

作業中、お家の方や近所の方にきれいに積んであって気分がいいねと

何度もお褒めの言葉をかけていただいて嬉しかったです。タイガさんのおかげです。

(ところで、私も毎度活動報告をさせてもらっていますが、

実は私はいつも袋を結んだり運んだり積んだりという作業を中心にやっているため、

泥かきをほとんどしたことがありません。

現場の中にいる方にもぜひ感想伺いたいです。)


体育会系、土方系の人たちより体力もスピードも劣るかもしれないけれど、

細かいところまでしっかりやろうとする姿にはいつも尊敬しています。

床下はとてもきれいになりました。


本日の集合写真。依頼者の御家族と一緒に。


ボランティアセンターへ戻って作業報告。ボラセンの人に聞いてみたところ、

「石巻VCでは来てくれればいつでもニーズあります。県外の個人でも来てしまえば受け入れします。」と言っていました。

余裕があってまた行きたいとか行ってみたいという県外の方がいらっしゃいましたらぜひ一緒にやりましょう。


石巻専修大学で開催されていたTBCなつまつり

奥華子のライブを聴いたり、Hon for Japanのブースで本を物色したり、

石巻名物(?)のしじみアイスやササニシキアイスを食べたりして楽しんで解散しました。


解散後、タケミカーの面々で被災地巡礼をしてきました。

浦屋敷のタイガさん作の巨大タノミッドはまだありました。

まだその地区をどうするか決まっていないのでしょう。

6月29日のタノンティアブログより拝借

鯨の大和煮缶詰の付近のみんな大好きウジ虫ちゃんはきれいに片付けられていました。

門脇町の「がんばろう石巻」の看板のあたりは相変わらずですが、

今は夏らしくひまわりのプランターがたくさん飾ってあります。


大街道北の石巻街道沿いに、プレハブの商店街を建設していました。

弁当屋、パン屋、銀だこ、スポーツ用品店、レコード屋、居酒屋、

なんとカラオケボックスまであります。プレハブですがすごい充実ぶりです。

夕飯をその近くで古くからある「キッチン じゃが芋」というピザ屋で食べました。

おばさんがひとりでやっていますが、石釜と薪でピザを焼いています。

トマトとアンチョビのピザが美味しかったです。

帰りに時間のある方は寄ってみて下さーい。

(店が小さいので人はたくさん入れませんが。)

※写真はミックスピザ

2011年7月18日月曜日

2011年7月18日(月)活動報告(宮城野区蒲生)

みなさんこんばんは。またゆみぺです。


本日は牛乳さんたち休日おなじみのメンバーで

仙台市宮城野区岡田にある仙台市津波災害ボランティアセンター

岡田サテライトへ行ってきました。

編成は私たちのチーム8人と岡田サテライトで活動するリーダーと

大阪から個人で来ている男性の計10名。

現場は宮城野区蒲生字鍋沼の民家です。


岡田サテライトまで各自市営バスやバイクで集合して車の無い私たちは、

その場で自転車を借りて現場まで向かいました。


本日の依頼は民家の広い敷地の一角に更地になった土地があり、

その場所を畑として利用したいので土の中の石を取り除いて欲しいとのことでした。

作業を始めてみると、土の中からゴロゴロと大小様々な石がスコップ作業の

邪魔をします。

牛乳さん曰く、この石は建物の「玉石基礎」という

古民家などに使われている基礎の残りだそうです。

スコップ係はツルハシ係が先に掘ってくれた場所を頼りに掘り進めます。

黙々と土の中から石を掘り出して脇に寄せる。

それだけを全員で10時から15時までやりました。

今日は土のう袋もタノミッドもありません。

この他のことはしていないので作業についてはこのへんで。

本日の集合写真↓


宮城野区蒲生地区は海から約2kmほど離れた場所にありますが、

この地区は平地で田んぼに囲まれていて遮るものが何もありません。

今日行った現場では家屋の1階部分がすべて浸水していました。

今日のお宅を含め多くのお宅が家屋を修理し生活を再開させています。

しかし、青々と見える田んぼに生えているのは稲ではなく雑草。

見る限り20cm以上のヘドロが積もり、瓦礫や車がまだ置き去りになっていました。


仙台市のボランティアセンターは宮城野区新田の宮城野体育館にあります。

そこで登録してバス送迎で岡田サテライトへ向かうこともできますが、

岡田サテライトに直接行ってエントリーする事もできるので

より早く作業にありつきたい方はこちらがおすすめです。

ちなみにこの岡田サテライトというのは平屋の民家です。

今日一緒に作業した大阪から来た男性は、

岡田サテライト内に3週間寝泊まりしているそうですし(エアコン・テレビ無し)、

同じく東京から来た方々によると、作業後シャワーを浴びる事もできるそうです。

駐車スペースは少ないですがいろいろ融通効きそうな気がします。